目次
◆村山デエダラまつりについて
経緯・目的
ごあいさつ
デエダラボッチ(大多羅法師)伝説
地域の“ふるさと山車”いざ、出陣!
むつ市・武蔵村山市友好ふるさと山車
2007大湊ネブタ
メイキングオブ村山党
デエダラとりびあ
◆プレイバック・村山デエダラまつり 
過去の村山デエダラまつり(〜第2回)
フォトコンテスト入賞作品
パブリシティ
ポスターでふりかえる村山デエダラまつり
◆アクセス
各種交通案内
会場案内図
会場内マップ 
シャトルバス(時刻表・コース図)
交通規制路線図
◆募集
実行委員会公募委員募集
ねぶた作り講習会
ステージ等出演プログラム
協賛、プログラム・提灯・バナー広告
ボランティアスタッフ
ステージ等の出演
飲食販売・展示即売コーナー
フリーマーケット
デエダラボッチ山車の曳き手
村山党山車の武者仮装
フォトコンテスト
◆デエダラグッズ
会場限定デエダラグッズ!
◆市民まつり実行委員会
組織図
協力団体・機関
協賛・お祝金ご芳名
広告協賛ご芳名
◆リンク
武蔵村山市役所
武蔵村山市商工会
村山うどんの会
トップページ>◆村山デエダラまつりについて>デエダラボッチ(大多羅法師)伝説
 
デエダラボッチ(大多羅法師)とは
 
 武蔵村山市では、「デエダラボッチ(大多羅法師)」という大男(巨人)の伝説が古くから語り継がれています。デエダラボッチ伝説そのものは全国各地に残り伝承されており、市内にもデエダラボッチが歩いた足跡とされる井戸なども残っています。
  「村山デエダラ」まつりの「デエダラ」は、この「デエダラボッチ(大多羅法師)」からつけられたものです。
現在の「大多羅法師の井戸」
現在の「大多羅法師の井戸」
 
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■ 武蔵村山市教育委員会編
『武蔵村山の昔がたり ―村山ことばによる口頭伝承―』より
 
〜デエダラボッチの井戸いど

 デ※1ダラボッチはデッ※2ケエ男でよう。頭が雲ンナケヘエってえねえクレエなァだァと。   ある日、デエダラボッチは、※3ケエラからつる※4ウ持ってきてよう。 ※5ンデもって浄土山じょうどやましょ負って、踏ん張った足跡が、神明ヶ谷戸しめげえとにアンデエダラボッチの ※6戸ンになったァだァと。
  しょ負ってた浄土山じょうどやまは、途中で藤のつる※7ッチギレちゃって、坂本まで来たァとこで、 ドサッと※8ケへおっこっちゃった。※9ン時、切れた※10つる向山むこうやま※11ッポリ投げちまったンで、 浄土山じょうどやまにゃあ藤がなくッて、向山むこうやまにゃあイラ※12※13えンだァとよう。
  ここのデエダラボッチの井戸は、いくら日照りでも水がえなくッてよう。芋窪いもくぼモンも 「水ウくれ」ッ※14ッテ来たァね。
  デエダラボッチの井戸は、※15にもあってよう。赤堀あかぼりじゃあ、「ビイシャラ井戸」ッてゆってンなあ。 ビイシャラ、ビイシャラッて水が※16れてンから、そうゆうふうに※17バッテンだんべえ。
※の解説
※1 デエダラボッチ 大多羅法師という巨人で、全国的にその伝承がある。
※2 デッケエ 大きな
※3 ドケエラからか どこからか
※4 蔓ウ 蔓を
※5 ソンデ それで
※6 井戸ンなった 井戸になった
※7 ヒッチギレて ちぎれて
※8 ソケへ そこへ
※9 ソン時 その時
※10 藤ッ蔓 藤の蔓
※11 ホッポリ投げ ほうり投げ
※12 イラ いっぱい
※13 生えンだ 生えるのだ
※14 ツッテ と言って
※15 他にも 坂本・池の沢・赤堀・山王前など
※16 流れてン 流れている
※17 呼バッテン 呼ばれている
 
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